表現とお金

 

 

何者かにならないといけないという強迫観念と同調圧力と憂鬱が同時に押し寄せる大学生活ももうすぐ終わりを迎える。

 

学生というのは学校という後ろ盾に守られた状態だ。

 

社会に出た途端何者でもなくなってしまう。

 

両親からの「ちゃんと就職するんだよ。」という声がいつもより随分と深く刺さる朝。

 

きっとアーティストとはそこまで社会的信用の低い職業なのだろう。

 

卒業制作展まであともう少し。

 

この時期なのにまだ制作に入れないでいる。

 

学校に行くとみんなそれぞれ手を動かしている。

 

その景色を見てまた焦りが生じる。

 

月穂から手渡された一枚のインビテーション。

 

清水天照の個展の案内だった。

 

「せっかくだから週末行こうよ。制作の合間の気晴らしにでもなるでしょ。」

 

清水天照には興味がなかったが月穂と一緒ならと思い展示に行くことを伝える。

 

場所はアーティストになりたいと思う者にとっては誰もが一度は憧れる恵比寿の老舗ギャラリーだ。

 

今回の個展では過去の作品のアーカイブから新作までを網羅した展示内容らしい。

 

作品を作るだけで食べていける人ってどのくらいいるのだろうか。

 

この大学にいる連中の中でもほんの一握り、いや五本の指に入るかどうかだろう。

 

個性や非凡、オリジナルで在りたいという幻想をみんな必死に探している。

 

一度表現という沼に入ると何もかもがわからなくなる。

 

正しい線とは?形とは?色とは?空気や気配を纏う作品ってなんだ?

 

僕らの頭の中にはそんな正解のない無数問いの中に”自分らしさ”というなんとも曖昧で不確かなものを見つけないといけないようだ。

 

 

期待しないで行った清水天照の個展。

 

正直度肝を抜かれた。

 

作品は抽象画の他に、彫刻、写真や映像作品などが並んでいる。

 

表現媒体は全然違えど、これほどまでに多作で自由さがあるとは。

 

その全てが確実に清水天照の作品だと一目でわかる。

 

ここには自分に足りない圧倒的な何かがある。

 

在廊していた天照に月穂が話しかけている。

 

「還暦を越えても作り続けるモチベーションって何が天照さんをそんなにまで制作に向かわせるんですか?」

 

「僕はね、昔から変わらず作ることが好きなんだ。」

 

僕も割って入る。

 

「アーティストになるのに不安はなかったんですか?実は今卒展前ということや卒業してからのことを考えると正直モヤモヤしてて。」

 

「もちろん当然不安もあったよ。でもそれよりも作れないことの方が僕にとっては大問題でね。やりたいと思う気持ちがあるのにそれを選ばない方が後々後悔しないかい?ただシンプルに心の声に従って作りたいものを作って生きてるだけなんだ。だからこの歳になっても毎日がほんと楽しいよ。」

 

と物腰柔らかく熱を帯びた声で話してくれる。

 

帰り道の月穂との会話もどこか上の空。

 

天照の言葉がずっと脳内を反芻する。

 

最近作ることを楽しいと思ってなかったなぁ。

 

そもそも生きること自体すらも。

 

 

天照のおかげで頭の中のモヤモヤが少し晴れてきた。

 

今ある興味や好奇心を追求する。

 

何が楽しい?何が好きか?反対に何が嫌いか?自分の内に生じる好き嫌いに意識を向ける。

 

大学の教室に向かう途中目を引く作品があった。

 

彫刻科の銀河の作品だ。

 

修了展やグループ展でも銀河の作品は群を抜いていたからはっきりと覚えている。

 

月穂と銀河が話しているのが目に入る。

 

「今度の卒展の審査員って大杉無明らしいよ。私はあの人あんまり好きじゃない。」

 

「でもあそこまで言いたいことハッキリいうのはオモロイけどな。なかなかおらんやろ。『人から見てもらえなければ作品なんてただのクソだ!』と豪語する男。それに現実問題めちゃ売れてるからな。」

 

確かにその通りなのだ。

 

僕らは作品を作ってそれを売らないといけない。

 

生活の為、家賃の為、飯の為、光熱費、携帯代、ネット代、、、

 

将来を考えると不安しか出てこない。

 

「なぁ創星、おまえは次こうやったらこうなると解ってる小説や映画ってどう思う?オモロイと思う?」

 

「そりゃそんなの面白いわけないじゃん。」

 

「でも人生なんてそんなもんと思わん?」

 

銀河の問いに返す言葉がなかった。

 

その通りなのだ。

 

先行きの見えぬ不安を考える前に今は制作に集中だ。

 

「卒展で誰が賞を取るか三人で勝負しようや。」

 

 

僕と銀河と月穂は無事入選した。

 

だが問題なのはその先だった。

 

無明が入選者に話があるというので呼び出された。

 

「おまえたちはこの入選した自分の作品にいくら値段をつける?」

 

入選者の一人が答える。

 

「全然考えてなかったです。」

 

「じゃあ、この先どうやって飯喰ってくんだよ?!」

 

「これから考えます。。」

 

「だから美大教育が嫌いなんだよ。表現表現表現って言って現実的なお金と生活のことなんてなんも考えてやいない。こういうアーティストを勘違いするやつばっか輩出する。そういう奴が現場に来ても大抵ロクに使えやしない。変に勘違いしてるもんだからプライドだけはやけに高い。おまえたちくらいの才能で生きていける奴なんてその辺に掃いて捨てるほどいるんだよ。そんな甘い世界じゃないんだよ。じゃあ、おまえたちは一億円の予算をクライアントから提示されたら一体何を作るのよ?それを一億円以上の値段がつく作品にできるのかよ?答えられるか!?」

 

無明の息をつく間を与えぬ怒涛の質問。

 

確かにその通りなのだ。

 

作品を作る以上作品に値段をつけないといけない。

 

社会に出て自分勝手に作りたいものだけを作っていけるほど甘くはないのは解っている。

 

頭を天照の事がよぎる。

 

天照さんならどうするだろうか。

 

覚悟を決め口を開く。

 

「無明さんの言うこともわかります。生活のことやお金のことはしっかり考えないといけない。でも僕はそれでも自分自身で納得していたい。それが幼稚と言われようが構わない。少しずつでも作品を作ってそれを欲しいと言ってくれる人を増やしていきたい。無明さんの話って結局行き着くところ全部お金じゃないですか。僕の作る目的はお金だけじゃないんです。お金以上に作りたいものをただ作りたいだけなんです。その楽しいという気持ちだけは絶対忘れたくない。」

 

「悪いけど無明さんの言うことはわかるけど俺はあんたの作る品の無い作品を良いと思ったことは一度も無いけどね。」

 

と銀河の発言に辺りが失笑でざわつく。

 

 

生きていく上でお金はものすごく大事だ。

 

そのお金によって作りたいものや気持ちが振り回されることもある。

 

今回の無明の問いのおかげで僕ら全員の気持ちが何かから解放された。

 

「創星よく無明を前に物怖じせずに言ったじゃん。」

 

「その後の銀河の発言に無明顔真っ赤にして怒って出てったもんな!!

 

「あれはマジで傑作だったな!!」

 

僕らはこの先も変わらず作り続ける。

 

作る中で必ず課題や問題にぶち当たるだろう。

 

でもその壁すらも楽しく悩んで乗り越えていく。

 

アーティストは作品は勿論生き様そのものが表現となる。

 

生きて作り続けてさえいればそれが表現になる。

 

肝心なのはどんな気持ちで作り、どんな気持ちでいるかなのだ。

 

恐怖や不安は気を抜いたらいつでもやってくる。

 

有名になればネット上に溢れる作品への誹謗中傷だってあるだろう。

 

目に見えぬ声など相手にせずに顔の見える相手と共に居たい。

 

ただシンプルに心の声に従うだけなのだ。

 

今日はあの頃より見えてる景色が美しい。

 

そんな日々がずっと更新され続ければいい。

 

 

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yasuhide ono | 小野 泰秀

四児の父 世界放浪の際にアクセサリー制作の活動を開始 2013年福岡県宮若市に移住 2015年9月新月より福岡県宮若市にて うつしき というギャラリーを始動 文武両道 百姓2.0的な生き方の推奨や現代において侘び寂び以降の日本の美意識や東洋的価値観を追求する

うつしき

暮らしと道具のあいだ

©yasuhide ono