夢と現実の境界を行ったり来たりの夢物語
睡眠時に観る夢についての考察
最近夢をよく観る
というのも長時間睡眠から短時間睡眠を何度か繰り返すというサイクルに変えてみた
どうしても続く集中力には限りがあるし
寝ないで作業するとなるとやはりどこかぼーっとしてしまい
効率が落ちるというのが僕の体感だ
短時間睡眠をすると夢を観る回数というのが以前から比べると大分増え
毎回のようになにかしらの夢を観る
これは昨夜観た夢での出来事
車で田園を走っていた
少し小高い段々畑が連なる山あい
ちょうどお米が収穫された後なのかな
周りには収穫後の稲が干してある
だけど田んぼにはまだ水が張ってあり
太陽の光がその水を反射してとてもいい風景
そこに白い顎髭を蓄えたおじいさんが田んぼの中に腰を降ろし
その風景を絵に描いている
どこかアジア、中国の山近くの田舎を彷彿するようなのどかな場所だ
僕はそのとても美しい光景を写真に撮りたいと思ったのだが
移動する最中ということと運転手さんに言っても言葉が通じず
そして肝心のカメラが見つからず泣く泣くと通り過ぎる
残念だなぁと思いそこで意識が途切れる
夜中外でなにやら猫たちが騒いでいる
ニャーニャーと凄い喧騒で騒いでるんだけど姿だけが見えず
足音や声はハッキリと聞こえるのに
探しても姿だけは見当たらないので
しょうがないとトイレを済ませてまた布団に潜り込む
目覚めるとまた車の中
おっ!どうやらまたあの景色を拝めるぞ!と見渡すと
あの白髪白髭のおじいさんは少し場所を前の方に移動して絵を描いている
もともとおじいさんの居た場所には別の二人組がいて絵を描いている
と視線を動かせばちらほらとそこに人影が見える
進んでいくうちだんだんと賑やかに
今まで右側の景色しか気にしてなかったんだけど
左側の段々畑も人がわんさかと
なんなら道路のど真ん中にキャンバスを広げてる人も居て
車一台が通るギリギリまで人が溢れている
この昨日?通った美しい景色には違いないのに
そこにはさっきまで無かったゴミが落ちてたりと
その景色が観光地化していて
なんだか悲しい気持ちになった
それを声に出して伝えたいけど声が出ない
そのもどかしい気持ちのまま意識が途絶える
赤ちゃんの泣く声が聞こえる
そろそろ結月陽のオムツを変えておっぱいの時間だ
よし目が覚めたと思ったらまた猫が喧嘩している
あれっ?俺目覚めたんじゃなかったっけ?
横には寝てる子どもたちが鮮明にいる
この景色に見覚えがある
でも確かに猫の喧嘩はさっきの夢でもあったよな、、
なんだろうどういう状況だよと夢か現実の中にいる自分をメタ認知を試みるも
確かに起きている実感はあるんだけどどこか現実じゃないような
夢うつつ
俺は今どっちの世界を彷徨っているんだろう
ってのを何度も繰り返し
ぼんやりとだけど鮮明に見えたイメージを基に今これを書いているってことはこれは現実なのか
帰ってこられないような感覚ってのがごくたまにあって
その時に想うのは大事なのは思い出すってこと
僕らは今忘れているだけなんだよ
もともとみんなでこの世界を作っていくと決めて生まれてきたはず
協力し合って一つの生態系を作っていく
分け合い与え合い譲り合って笑い合う
本来それでよかったはずなのに
今は複雑になりすぎてわからなくなってるだけなんじゃないかな
思い出す
もともとどんな世界を作りたかったんだっけか
なんか今、解った
生きてるってことは思い出すってこと
未来を取りに行くんじゃない
もともと記憶していることを思い出すだけなんだ
自分にとってはどこか惹かれるあの白髭のお爺さんの仙人のような暮らしだったり
景色の秩序を保つ為の行動だったり
それぞれの思い出す理想の暮らしを体言化する為に協力し合うんだろう
あくまでも小野の夢日記
目覚められないんじゃないかとちょっと今日は不安でした、、、
思い出す
今日一番残った言葉だなぁ
未だ夢の中にいるであろう子どもたちを起こす時間でーす
夢の中にいたいだけじゃイタイやつ
夢見る少女じゃいられないが頭の中をリフレイン。笑
その思い出した記憶を現実化するのがそれぞれの夢の中を生きるということ
じゃあ夢と現実の境界がどんどん曖昧になっていく
そういうことなんだな
なんか色々と腑に落ちる
さぁコツコツと手を動かそっと
今日も最高な一日を