全ての攻撃を受け流せる者 ” 最強説 “

 

全ての攻撃を受け流せる者 ” 最強説 “という話をしてみたい

 

世界一強いパンチを持つ者のパンチ

 

まともに喰らえばシャレになんない

 

でも、その攻撃を受け流せたらどうだろう?

 

世界一という冠のついたパンチも

 

名ばかりのパンチに一気に変容してしまうのです

 

これってすごいなぁと思っていて

 

誰も傷つけないの実践なんですよね

 

消力(シャオリー)

 

漫画バキが好きな人なら聞いたことありませんか?

 

相手の力を受け流し消してしまう

 

受け身の達人って戦わずに済むんですよ

 

現代社会で人と戦う機会なんて

 

武術を習ってる人やストリートファイト好きくらいじゃないですか?

 

だからそもそもないものとして考える

 

だけど口撃は会社や人と人の中でありませんか??

 

これを受け流すのもメンタルの受け身が必要になってくる

 

真っ向から向かい合うと対立軸が生まれる

 

それを受け流すと対立にすらならない

 

相手の土俵には乗りませんよ〜ということになる

 

そうすれば誰も傷つかない

 

合氣道で習うのは不戦の心得

 

昨日の稽古の中で

 

力を使わず氣を使う稽古があったのですが

 

力でいくと面白いくらい軽く受け流されてしまう

 

うつしき合氣道部員みんな体感として得たから

 

なんで?!と思うくらい面白かった

 

力じゃなかったんだ〜と思えば

 

パワハラには負けなくなる

 

だって受け流せばいいだけなんだもん

 

武道は身体を使った戦いだけど

 

現代社会はどちらかというとハラスメントとの戦いだと思っていて

 

パワハラ、モラハラ、同調圧力

 

み〜んなに関係する事柄なのです

 

そこに乗っかるのか

 

それとも例え巻き込まれたとしても乗らないのか

 

ここが鍵になってくるポイントなのです

 

巻き込み事故もよくあることで

 

関係性などが対立軸になっていないかを見極める

 

政治や思想の違いとかは巻き込み事故を生む典型例

 

人との違いは違いでいいじゃん

 

相手をリスペクトしないで自分の意見を押し通そうとするから

 

矢印が対立になるわけであって

 

押し通そうというのはエゴの力

 

エゴもね〜なかなか厄介な敵ですからね

 

しかも自分の内側に潜む自分という一番見たくない敵

 

ここを見ない人が現代多くなり過ぎてるから

 

対立の事故が増えている

 

自己対話を繰り返す

 

自分の嫌な部分ととことんまで向き合う

 

向き合って向き合って最後に愛してやる

 

これがご自愛くださいねの心だし語源なんじゃないかなと思っている

 

責任逃れが昨今多くて多くて

 

これが他責の心

 

自分のケツは自分で拭くというのは自然の考えじゃないですか?

 

赤ちゃんや子どもは大人が介入しなくてはいけないけど

 

いい大人は自分でケツくらい拭きましょう( T_T)\(^-^ )

 

力の流れを読むとこの場はどんな場だ?と読むことが出来る

 

マウント取りたい人(制圧承認型)なのか

 

聞いて聞いての人(共感求め型)なのか

 

教えて教えての人(くれくれ型)なのか

 

自分が整ってる者同士だとそうはならなくて

 

建設的な話や馬鹿話が出来るのです

 

依存寄りかかり型だと必ずどちらかの負担になってしまう

 

自分はそうなってないかを考えるのが

 

関係性を見直すということだろう

 

語源っていうのはとてもよく考えられている

 

武術の達人や名工などはものすごい自己対話を繰り返すゆえに

 

人としての奥行きが出るのだろう

 

それがある種 教養 と呼ばれるものだと思うのです

 

教えを養う

 

見るべきポイントは決して学歴や肩書きではないのです

 

いい大学を卒業してもロクでもない人もいっぱいいますからね

 

逆に小卒だろうと立派な人もたくさんいるのです

 

人を判断するのはほーんと危ういんです

 

固定点を持たずに純粋なその人を見れるかどうか

 

子どもはそれを見抜く力を持っている

 

子どもと大人のバランスを今ものすごく模索していて

 

その定義も曖昧なんだけど

 

子ども10だと子どものまんまで幼児願望というのがあって

 

大人10だとどこか機械人間

 

っていう感じ

 

その比率での個人的理想を言うと

 

大人5子ども5の心でいることが大事かなぁ

 

状況によって変化しても全然いいんだけどね

 

昨日らっきょうを1キロ分酢漬けにしました

 

薄皮をむくのがほんと大変で

 

前回は向かずにそのまま土を落として漬けたんだけど

 

やっぱり薄皮の歯ざわりが残ったので今回は手間だけど剥いてやりました

 

らっきょうなんて昔はなーんか苦手で

 

子どもの頃の味覚と大人の味覚て変わるもんですよね

 

ビールも苦いと感じてたのに

 

今では超その苦味と喉越しを欲している

 

いや愛してさえいる。笑

 

だから年を重ねる醍醐味がここにある

 

その変化を楽しんで日々を生きましょう

 

子どもたちを起こす時間となりました

 

今日も最高な週の始まりを〜

 

 

 

yasuhide ono | 小野 泰秀

五児の父 世界放浪の際にアクセサリー制作の活動を開始 2013年福岡県宮若市に移住 2015年9月新月より福岡県宮若市にて「うつしき」というギャラリーを始動 日本の美意識、東洋的価値観、装身具の持つ”心を装う”という機能を追求する

うつしき

暮らしと道具のあいだ

©yasuhide ono