百姓2.0という生き方

 

言葉の捉え方というのは時代によって変わっていく

 

団塊世代の人たちに百姓になりたいというと

 

どこか小馬鹿にされたような反応が多かった

 

とういうのも辞典などでもあるように

 

百姓という言葉にはあかぬけない人や情趣を解さない人に対する侮蔑語

 

というのが記載されている

 

僕個人のイメージだと百姓って

 

畑もやるし、家や道具など自分で修理したり

 

生きる術を沢山持つなんでも出来る人っていう認識だった

 

僕も今の住まいに移住してきて初めて草刈りや

 

畑だったり庭木の手入れをするようになった

 

最初は草刈り機の使い方も解らず

 

ホームセンターに使い方を聞きに行ったりしていたが

 

7年も経てばそれが日常になってくる

 

東京に行った時に友人に草刈り機使ったことあるかと聞くと

 

たいていの人はないと答える

 

そりゃそうだよね

 

畑も僕は何度も失敗を重ね続けている

 

自然農がいいと思い色々な本を読んで実践してみるのだがなかなかうまくいかない

 

でもやってみて初めて解ることも沢山あるのだ

 

長年脈々と受け継がれてきた先人の知恵

 

味噌を作ったり、梅干しを作ったり

 

昔は味噌を自分で作るなんて思いもしなかったけど

 

スーパーで買うのが当たり前の物を自分で作れることが出来るんだ

 

そんなこと学校では誰も教えてくれない

 

包丁を砥いだり道具のメンテナンスをするのもそうだし

 

ちょっとしたことが自分の手で出来るようになると

 

どんどん日常が面白くなるのです

 

今若い世代がどんどん田舎へ移住している

 

都市部での生活に飽きた遊び経験値の高い人たちが

 

田舎暮らしをお洒落に楽しんでいる姿を見れば

 

百姓という言葉の持つ意味合いも垢抜けて

 

子どもの将来目指したい職業というよりは生き方になる日がくるかもしれないですね

 

今日も昨日出来なかったことが出来るようになり

 

昨日知らなかったことを何かしら学ぶ一日でありますように

 

yasuhide ono | 小野 泰秀

五児の父 世界放浪の際にアクセサリー制作の活動を開始 2013年福岡県宮若市に移住 2015年9月新月より福岡県宮若市にて「うつしき」というギャラリーを始動 日本の美意識、東洋的価値観、装身具の持つ”心を装う”という機能を追求する

うつしき

暮らしと道具のあいだ

©yasuhide ono